僕を変えた神秘体験 その後
ほとけさんの声を聞いたことが二回ある
正確には、頭の中に響くような、はっきりした声
ハイヤーセルフってものなのかなー、とも思うけど、違うんじゃないかなー
当時、お地蔵さんを拝み込んでた
初めて声を聞いたのは、うちの寺のお堂で掃除をしていたとき
なんとか食えない寺を立派にしなきゃ、と思っていた
お堂をきれいにすることを考えていた
先立つものは金ですよね
せっせとお地蔵さんの前で拭き掃除をしていた
あー、これ終わったら、あれして、それからあれもして、と色々考え事をしながら掃除をしてた
そしたら突然、声がした
「三宝に仕えよ」
えっと思って、頭を上げ、思わずお地蔵さんを見た
いつもと変わらない仏像がそこにある
寺は入れものにすぎない、仏と法と僧に仕えよ。という意味だと思う
それからは、お寺の整備を後回しにして拝むことにしたよ
でも、お寺は徐々ににきれいになってきたね
何事も時間をかければなんとかなるんでないかい
僕は修業上の大事な問題は、弘法大師様と直にお話しの出来る○○さんにいろいろ相談していた。
僕が尋ねると、その人がお大師様に聞いてくれる。(居るところには居るのよ、そんな人が)
それが、住職になってすぐ、大変な問題があったので、相談した。
そしたら。お大師様が○○さんに
「我が弟子にあらず」
と、言い渡したそうです。僕のことですよ。法の厳しさを思い知った。
回りの人たちが心配して、とりなしてくれるって言ってくれたけど、もう僕も天台にきたんだし、しゃあないな、と。
あれだけ拝んだけれどゼロになった。ま、相手のあることだから、しかたないよね。
それで、まあ、ケセラセラですよ。無一文になっちまったみたいな感じだった。
僕が仏様からいただいた力は失われようとしていた。
さて、ほとけさんの声を聞いた話
もう一回は別のお堂で(お堂が5つあるんです)、やはりお地蔵様の前で掃除をしてた
そこのお地蔵様に、おじいちゃんの病気の平癒を祈っていた。肝臓ガンで先は長くなかった。
せっかく密教の坊さんになったのだから、なんとかして上げたかった。
おじいちゃんは、しばしば血を吐いたが痛みがほとんど無かった。
僕が拝んでくれているおかげだ、といつも言っていた。
お大師様に見放されてしまっていた僕は、信じてくれているのに全く無力で、胸が張り裂けそうだった。
僕は、落ち込んでいて、しょんぼりとしていた。そしたら、突然声がした。
やはり、えっと驚いた
「捨てる神あれば、拾う神あり」
まもなくおじいちゃんは亡くなった
亡くなるときは、大いびきをかいて、そして、静かに息を引き取った。
♪だれが拾ってくれるのかなー、って今でも思いますけどね♪
正確には、頭の中に響くような、はっきりした声
ハイヤーセルフってものなのかなー、とも思うけど、違うんじゃないかなー
当時、お地蔵さんを拝み込んでた
先祖供養で回向というのがあるけれど、あれは地蔵菩薩本願経が根拠で、他の経典には書かれていない
たしか、拝んだ功徳の7分の1だったかが先祖に振り向けられるという
全部じゃないのよ
うちには仏像だけで70体位あるけど、いずれ全部きちんと拝もうと思ってたので、取り合えずお地蔵様からと思い、せっせと拝むことにした
そんなある日
雨がしょぼしょぼ降る時、慣れぬ山掃除をして、雨合羽を着たままちょっと大きな溝を跳び越そうとしたとき。滑って溝に落ち、すねを思い切りぶつけた。
雨合羽は破れ、足は傷ついた。
都会育ちの僕は、田舎暮らしで、なにごとも不器用で馬鹿にされていた。周囲に溶け込めず、ひとりぼっちだった。怪我をしても笑われて終わり。
その日の晩
僕が小さい時よくおぶってくれた亡くなった叔母と、やはり亡くなった看護婦だった叔母が夢に出てきて
僕をおぶってくれて、痛む足をさすってくれた
僕はうれしくて夢の中で泣いた
目を覚ました時、枕がぐっしょり濡れていた
初めて声を聞いたのは、うちの寺のお堂で掃除をしていたとき
なんとか食えない寺を立派にしなきゃ、と思っていた
お堂をきれいにすることを考えていた
先立つものは金ですよね
せっせとお地蔵さんの前で拭き掃除をしていた
あー、これ終わったら、あれして、それからあれもして、と色々考え事をしながら掃除をしてた
そしたら突然、声がした
「三宝に仕えよ」
えっと思って、頭を上げ、思わずお地蔵さんを見た
いつもと変わらない仏像がそこにある
寺は入れものにすぎない、仏と法と僧に仕えよ。という意味だと思う
それからは、お寺の整備を後回しにして拝むことにしたよ
でも、お寺は徐々ににきれいになってきたね
何事も時間をかければなんとかなるんでないかい
掃除をして、悟りを開いた話があるなー
ハンドクといって、お釈迦様の弟子で一番馬鹿(お経に書いてあるんです)で有名な坊さん。
お釈迦様からいろいろ話を聞くのだが、すぐ忘れてしまう
「あー、俺は馬鹿だ なにも覚えられない」
それで、絶望してお釈迦様のもとを去ろうとする
町はずれまでとぼとぼ歩いて行くと、お釈迦様が、神通力でハンドクの心を知って、待っていた
「待て、ハンドク 汝に一法を授ける」
ハンドクが授かった法というのが、掃除
「きれいに、きれいに」
と言いながら掃除する
それで、ハンドクはついに、悟りをひらく
これには後日談がある
ある日、ハンドクはお釈迦様から、修行中の尼僧さん達に話をするよういいつかる。
尼僧さん達は、馬鹿で有名なハンドクがくるというので、難しい質問をしてやりこめてやろうと、待ちかまえていた
ところが、ハンドクの、悟りをひらいた人の威厳に圧倒されて、一言も発することができなかった
ハンドクは、ただ、お釈迦様から言われて掃除をして悟ったのだ、と訥々と語ったという
僕は修業上の大事な問題は、弘法大師様と直にお話しの出来る○○さんにいろいろ相談していた。
僕が尋ねると、その人がお大師様に聞いてくれる。(居るところには居るのよ、そんな人が)
それが、住職になってすぐ、大変な問題があったので、相談した。
そしたら。お大師様が○○さんに
「我が弟子にあらず」
と、言い渡したそうです。僕のことですよ。法の厳しさを思い知った。
回りの人たちが心配して、とりなしてくれるって言ってくれたけど、もう僕も天台にきたんだし、しゃあないな、と。
あれだけ拝んだけれどゼロになった。ま、相手のあることだから、しかたないよね。
それで、まあ、ケセラセラですよ。無一文になっちまったみたいな感じだった。
僕が仏様からいただいた力は失われようとしていた。
さて、ほとけさんの声を聞いた話
もう一回は別のお堂で(お堂が5つあるんです)、やはりお地蔵様の前で掃除をしてた
そこのお地蔵様に、おじいちゃんの病気の平癒を祈っていた。肝臓ガンで先は長くなかった。
せっかく密教の坊さんになったのだから、なんとかして上げたかった。
おじいちゃんは、しばしば血を吐いたが痛みがほとんど無かった。
僕が拝んでくれているおかげだ、といつも言っていた。
お大師様に見放されてしまっていた僕は、信じてくれているのに全く無力で、胸が張り裂けそうだった。
僕は、落ち込んでいて、しょんぼりとしていた。そしたら、突然声がした。
やはり、えっと驚いた
「捨てる神あれば、拾う神あり」
まもなくおじいちゃんは亡くなった
亡くなるときは、大いびきをかいて、そして、静かに息を引き取った。
♪だれが拾ってくれるのかなー、って今でも思いますけどね♪
2 件のコメント:
はじめまして。
時々、アミ先生のところでコメント仲間になってましたので、はじめて拝見してみました。
>「捨てる神あれば、拾う神あり」
のところで、(笑うところではないかもしれませんが・・)笑ってしまいました。
面白くて一気に下まで読んでしまいました。
ちょっと恐い話もありましたが・・。
また遊びに来ます。
アハハ
どうしてかわからないけど、なんかユーモラスですよね
なんじゃこれは、って印象で不思議だわ
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