ブッダガヤ・大塔の仏足石   紫雲寮寮監 浅井覚超
高野山大学学報 No.31 1993

仏足石(仏足跡)の信仰はインド、スリランカ、中国、韓国、日本をはじめ東南アジアの国々に広く分布している。仏足石の信仰は仏像の製作よりも早いといわれ、世界で最古の仏足石はスリランカのアヌラータプラ、並びにミヒターレにある無紋型のものであり、学者の推定では何と紀元前4世紀頃まで遡るという。
 仏足石に画かれている模様について発展段階をみると、まず無紋型が作られ、次いでそれに吉祥万字、傘などの簡素な紋、更に八紋乃至十紋を数えるに至っている。その紋の種類には1万字、2網●(関節紋)、3通身(神通紋)、4宝剣(杵)、5魚(双魚、1匹乃至3匹)、6花瓶、7螺王、8法輪(千輻輪)、9月王(月紋)、10梵王頂、その他に傘蓋、どう幡、渦巻、忍冬唐草等々がある。
 さて現在、ブッダガヤ大塔の金剛宝座の横に両足と片足(左)の2種の仏足石が安置されている。仏陀両足尊の言葉の如く、本来仏足石は両足跡がなければならず、片足の物はもう一方の足石が失われているものであろう。
 それ等の製作推定年代は両足のものは前1世紀、片足の物は4世紀末である。それ等2つは大塔に世尊がいるという観点から指先が塔の外に向かって置かれている。
 この2つの仏足石は共に現地の人が拓本にとり参拝者への土産として売っている。現地の人の話では片足のものはヴィシュヌの足跡というが、千輻輪の模様は転輪聖王、即ち仏陀の相を示すところから一般には仏足石と認められている。釈尊はヴィシュヌの化身というヒンドゥー教の教理から現地の人はかく言うのである。尤もヴィシュヌの足跡の信仰も古くからあるが今は割愛する。
 ところで、よくインド参拝記念に拓本として持ち帰られる片足の方の仏足石には極めて珍しい紋が施されている。指先からかかとに向かって渦巻、網●(指の間に網があり衆生を済う意)、魚紋、千輻輪、菩提樹、聖仙駄、梵王頂の紋があり、この中、菩提樹の紋はいかにも大塔菩提樹下にふさわしく、聖仙駄とは修行者のみが履くセッタの類であり、底板(皮?)の上に親指をひっかける木がちょこんとついているごく簡単な履き物である。インドには現在でも売ってはいるが一般の人は使用しない。尤もこの片足における一部の模様が聖仙駄と100パーセント断言されている訳ではない。
 また、この足裏の特筆すべき紋として1頭3匹の魚紋がある。魚紋としては1匹或いは、双魚が普通であるが1頭3匹の模様をもつ仏足石は目下のところ世界中にこれのみであり、ペルシャやオリエントとの文化交流を物語る。
 このほか、近くのマーヤー堂前にも2世紀の仏足石があり、それにはマガダ王国国旗などの紋が施されている。
 また、尼蓮禅河を渡ったスジャーター村のスジャーター寺には、1991年1月に訪れたとき、その寺独特の模様の仏足石(5世紀)が数日前に盗まれて拝観できなかったものの、後に発見され、現在はブッダガヤ大塔の土地所有者であったマハンター氏の邸宅に保管されている。もともと大塔の土地はマハンター氏の所有であり、彼はバラモン出身のヒンドゥー教徒であるが仏跡を護る心厚く、大塔の復興にも力をいれた。大塔近くのマハンター邸には若干の仏足石をはじめとして他の仏教美術品も保管され、参拝料を出せば見ることができる。    合掌