塵も積もれば山となる

掃除用バケツ これはお堂用、住居用は別にあります

「塵も積もれば山となる」
よくご存じのことわざですけど、実はこれ、もともとは仏教からきた言葉です
大智度論という電話帳みたいな厚さで50巻ほどあるお経がありますが、そのなかに書かれています

「掃除」については、仏教では様々に説かれ、重要な修行にもなっています
自分の心も清める、と思いながら部屋を掃除すれば、それが、実は、仏教の修行です
掃除をしながら心を清める修行をすれば、だれでも心が清くなる、という教えです
ですから、それが、お経に書いてあるわけです

こういう話は、キリスト教やヒンドゥーやイスラムにはありません

掃除して悟りを開いた話は、お経にはいくつも書かれています

蓮華色比丘尼は、お堂掃除のあと、ローソクを見つめていて悟りを開きました
この人は、前世で遊女でした

ハンドクは、お釈迦様の十大弟子の一人ですが、なにを聞いても忘れてしまったので有名な人です
「きれいに、きれいに」と言いながら掃除をして、ついに悟りを開きました

法華経にも、自分の親の顔をしらない男が、長い間、ある長者の元で掃除係をつづけ、実はその長者の一人息子だったのが知らされる、という話が書かれています

梅が満開です

ここからは、僕が以前書いたブログ
「大智度論 掃除」をGoogleで検索すると、僕のブログが最初にでてくるんでびっくりしました

釈尊の弟子にハンドクという人がいた。
仏伝には、立派な坊さんばかり登場するように思いがちだが、このハンドクという人は物覚えが悪くて有名になった坊さんである。
とにかく何を聞いてもすぐ忘れる、どんな短い言葉も覚えられなかったらしい。
それでも釈尊を信じ、立派な坊さんになりたいとがんばっていた。しかし、皆にいつも、物覚えが悪くて馬鹿にされていた。何を聞いても忘れてしまうのだから、まともな修行ができるわけがない。いったい何をしてウロウロしていたのか知らないが、本人は坊さん達といっしょにいるのが好きだったのだろう。だが遂に、自分の馬鹿さ加減が自分で嫌になり、釈尊の元を去ろうと決意する。
「あー、俺はなんて物覚えが悪いんだろう。こんな馬鹿な俺では皆といっしょにおれない。」
そして、誰にも知られず一人でひっそり精舎を出て、寂しく泣きながらとぼとぼと道を歩いていった。

精舎から離れた村はずれの道の角までやってきた、と、そこに釈尊が立っているではないか。ハンドクの気持ちを神通力で知り、先回りして待っていたのである。
「待て、ハンドク。行ってはならない。」
ハンドクはどんな有り難いお言葉も、忘れてしまうのだから修行ができない。いかにやさしく諭されても、忘れてしまうのである。自分で自分が情けなくて、修行を諦め、釈尊の元を去ろうとしたのである。が、その土壇場で釈尊から一つの法を授かる。釈尊は愚かなハンドクを哀れに思い、精舎の掃除を命じるのである。「きれいに、きれいに」と唱えながら掃除をする。大智度論ではこれを陀羅尼の一種であると解説している。そして、ハンドクはただそれだけで悟りを開くのである。

ある日、ハンドクは尼僧さんたちに法話をするよう命じられる。尼僧さんたちは、馬鹿で有名なハンドクが来るというので、難しい質問をして、からかってやろうと待ちかまえていた。ハンドクは訥々と静かに、釈尊から掃除の法を授かり遂に悟りを開いた話しをした。尼僧さんたちは手ぐすね引いて待ちかまえていたが、悟りを開いた人の威厳に圧倒され、一言も発することが出来なかった。