長保寺の御霊殿の紀伊徳川藩主位牌宮殿前に奉納されている吊灯篭です
紀伊徳川初代藩主頼宣(よりのぶ)の次男、西条藩主の頼純(よりずみ、頼宣の長男は二代藩主光貞)が寄進しました
四国の西条藩主の頼純は、元禄8年に、領内の立川銅山で産出された銅で吊灯篭を作り、父である初代藩主頼宣の霊前に奉納しました
立川銅山の銅を徳川家が独占するために、頼純が西条藩主になったと考えられます
元禄3年には、同じ鉱脈の別子銅山が発見されましたが、これは天領となり、やはり、徳川家の銅独占体制が維持されました
純銅吊灯篭一対
元禄8年(1695) 紀伊徳川藩主御霊殿位牌宮殿前
320年間の灯明の煤で、古色蒼然となっています
現在は、電球を入れています
現在は、電球を入れています
左側の吊灯篭の銘盤
元禄乙亥(元禄8年、1695)
右側吊灯篭の銘板