瓦宇の倒産に思う

奈良の老舗の瓦会社が、去年の11月に倒産していました

瓦宇工業所:老舗瓦業者が破産 負債1.5億円 重文修復の実績 /奈良

http://mainichi.jp/area/nara/news/20141120ddlk29020534000c.html

先代の社長は人間国宝で(2010年11月に逝去)、東大寺の屋根瓦を葺いたり、国宝や重文建造物に多数の施工実績があり、長保寺の土塀にも、瓦宇の瓦が葺いてあります

僕も何度かお会いしたことがあります
ここに書いていることは、実は、直にお教えいただいたことがほとんどです

一枚一枚、全部の瓦に瓦宇の版が押してあります
鎌倉時代から、瓦は焼き物ですから超高級な建材で、いちいち版を押すのは、これが正統派の伝統なのです
もちろん手間がものすごくかかり、つまり、高価になります

長保寺 国史跡 土塀

文化財修理は、建造当時そのままの姿を保存するのが建前ですが、実際は、昔の技術のままでは、古くなった建造物を保存することは不可能です

例えば、鎌倉時代の瓦は、焼成温度が低いため、雨水が浸透しやすくなります
長保寺にも、600年、700年前の古瓦が残っていますが、現代の最新鋭の技術で焼かれた瓦のほうが品質がいいです
ま、これは当然のことです

左が鎌倉時代の瓦、右が平成24年に大門修理に使われた瓦

これは丸瓦
左の、鎌倉時代の瓦は、ヘラで中をすき取っているのがわかります

鎌倉時代は、当然、全て手作りですから歪んでいます
均一の品質では無い、ということです

これを、何千枚と葺くとなると、屋根全体の品質を保つことは、かなり難しいという理屈になってきます
それを、屋根土で微妙に調整して、見た目、まっすぐに仕上げることになるのですが、土の粘り気は20年ほどで、全く無くなりますから、定期的な吹き替えが必要になります

それで、長保寺の大門の修理では、屋根土は一切使用しておりません
軒先が重さで垂れてくるのを防止するためと、耐震補強になるように屋根を軽くするためもあって、土を使わず釘で止める工法を使っています
これで三分の一ほどに軽くなります
これは、屋根土のように微調整する部分がありませんから、より高度な技術と精度が必要です
もちろん、鎌倉時代の屋根の工事方法ではありません
つまり
鎌倉時代の国宝建造物ですが、鎌倉時代そのままが保存されているわけではないのです
これは、一例で、全ての文化財修理に言えることです

鎌倉時代など、古い文化財を保存修理する場合、当時のままの技術では、そもそも老朽化した建材などを維持することはできないです

瓦宇は、瓦を止める針金に落雷しない金属を使用したり、全ての屋根を自社工場製の特殊な漆喰を持ち込んで葺いたり(長保寺に来ていた瓦宇の職人さんが、「土で屋根を葺いたことが無い」と言っていたのが印象に残っています。当然高くつく)、画期的な工法を独自に編み出して、古建築の工法や姿を、可能な限り維持保存しようと努力してきました

それが、この十年くらいで、おそらく大震災が曲がり角になったと思いますが、伝統的な施工方法や建材を採用するよりも、安全や施工性、強度といった要素のほうが重視されるようになってきました

手短に言えば、文化財修理の現場で、「鎌倉時代」そのままでなくて、「鎌倉時代風」の建物でよしとされるようになってきたのです
これは、史跡など、全ての文化財の維持保存の現場で言えることです

それで、瓦宇のような伝統を再優先する職人気質の会社は、出番を与えられることが少なくなったのです

石垣を積むのも、コンクリートを使わないのが本来で、やってやれなくはありませんが、職人もいないし、強度も不足するし、なにより、三倍から十倍は高くつきます
伝統工法は人件費という金額的に最も大きな要素が肥大化するのと、最新鋭の技術と比較すれば、必然的に強度や安全性が劣ってきます

(長保寺の国宝大門と国宝多宝塔の修理工事をしていただいたのは、日本最古の会社の金剛組ですが、ここも、一度消滅しかかりました)

国宝や重文の修理は、そもそも国庫補助事業ですから、入札があり、つまり、安ければ安いほど良い、という価値観で事業をしています
ここでも、伝統工法最優先にこだわっていたら、弾き飛ばされてしまいます

今でも、予算無視で、図面だけで物を考えている人達がいますが、時代が変わって、安全が最優先されるようになったという事実を、受け入れるほかはないと思いますよ




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