2008/11/28

紅葉

ようやく紅葉が色づいてきました

ここのところ、色がつき始めるのは12月のかかり位になってきています

桜はそれほど時期がずれることはないのですが、紅葉は温度に敏感に左右されますから、これからも徐々に遅れるのではないかと思います


 
金融危機の先の時代、世界は加速度的に変化せざるを得ないでしょう

金余りと多極化が進むでしょう
それがもたらすものを、ダイナミックな変化と見るか、政情不安と見るか

その時
知性、創造性、普遍性、といったキーワードを汲み取ることのできない宗教や哲学は捨て去られると思いますよ

身体感覚や過去の教条にしがみついていれば、シーラカンスやナメクジウオのようにそれなりに生き延びることはできるのでしょうが、亡霊のようになんの感動もない存在になります

宗教や哲学無しのほうがうまくいく、と考えている人もいると思いますが、さらなる高度な文化、芸術、生活の質、といった価値観は、それがそのまま、宗教的であり哲学的でもあります
物質的な満足感を超えた、さらなる価値を求めざるを得ないのです

おすがり系の拝み屋や全体主義カルトなど、まだまだ賞味期限はあるのでしょうが、大衆は益々贅沢で我儘になるでしょうから、淘汰が進むでしょうね


なぜだかわかりませんが、生命は、より高度な存在になろうとする性質を持っています

それは、生きることへの執着だけでは説明つかないのですよ

命を捨てて、なにかを守ろうとすることもあるのですから
たとえば、よき未来と、さらなる価値、わかりやすく言えば、自分の子供たちのためなら、命を捨てても惜しくないと感じてる人も多いのです




色づく紅葉に執着するだけでなく、梢の小さな芽も大事にしてくださいね


ラベル:

2008/11/24

クリエイティブ産業

拝観受付から向い山を見た絵です

この鞍部を熊野街道が通っていて、山越えの道になっています
今でも、軽自動車なら、かろうじて通れる道です

山の形が変わらなければ、山越えの道の位置も変わらないんですね

 
ところで、このところ時事問題を扱っているんですが

田母神前空幕長の考え方は、日本会議の考え方に非常に近いので、まあ、一連のものなのでしょうね

日本の中枢に、意思決定の動機に、伝統回帰といいますか、「昔の思い出アルバム」を持ち出す人たちがいるということですね

で、僕は、やっぱり社会は、経済状態のほうに大きく影響されると考えてますから、日本国の安定と繁栄には内需拡大が必要だという結論なのです
 
 
それで、小室哲也さん保釈されましたが、ここに繋がってくる話なんですよね

 
つまりこれだけ豊かになってしまって、なんでもある日本という国が、いかにして、さらなる内需拡大をするか、ということ

すでにヨーロッパなどでは同じような問題にとりくんでいる国があるのです

同じように、島国で資源がなく、それでいて、すでに十分豊かで、しかしながら衰微しつつあります

それが、イギリスです

大航海時代、産業革命、金融、と時代をリードしてきて、次の一手が、クリエイティブ産業育成です
http://diamond.jp/series/kishi/10001/

武力、経済力をハードパワー(敵を圧倒する力)とするなら、ソフトパワー(味方を作る力)がクリエイティブ産業です  
 
 
まあ、世の中、それなりに進化して、ようやく、ソフトパワーが求められる時代が来たのですかね  
 
 
小室さんの著作権の仕組を使った犯罪も、日本のクリエイティブ産業の未熟さに遠因があると言うことができるのです

また、「昔の思い出アルバム」に執着しても、なかなか未来の豊かさがイメージできないのです

それで、クリエイティブ産業に注目せざるを得ないというわけ

未来のキーワードは、安全・安心・環境・クリエイティブ産業だなぁ

貿易は、島国なんだから当然重要なんですが、貿易にかたよると、あまりに浮き沈みが激しいし、国内産業が無くなってしまい職がなくなりますよ  
 
 
その、ソフトパワーという考え方と、クリエイティブ産業をささえるのは、ほとんど頭脳労働ということになります

頭脳労働の「原料」は、なにかなぁ

心、ですか

フム

魅力的な豊かな心を、持ってください

くよくよしないで、明るくいきましょう


2008/11/23

団子より花、なのか


寺の通用門を内側から書いた絵です

印象の薄い場所も、絵にしてみると、絵になる(あたりまえか)
 
 

最近、時事ネタが多いんだけど

防衛協会は日本会議と近いんだよね
http://www.nipponkaigi.org/

日本会議って、なんか右翼団体みたいな内容なんだけど、一つ一つの主張のパーツは、もっとなことも多い

これって、天台宗の偉いさんもかかわってるようですが、組織的に関与するってレベルじゃないよ
政治に関心強い人が個人的にやってることだねぇ

で、僕的には、
金融危機とか政治の迷走、一口で言うと社会の閉塞感は、過度の貿易依存と内需拡大の行き詰まりが原因だと考えてます
つまり、経済的な要因で社会全体が委縮して暗くなってると

ところが、日本会議の活動は、「日本精神への回帰」が必要だという立場なんだな

団子より花、ですね

まあ、シャツのボタンは一番上からかける、とか言って、思想信条は、なにごとにも基本になるんだが、どうも、僕はピンとこない

日本会議の印象は、「昔の思い出アルバム」、ですねぇ

過去の笑顔というか、過去の成功体験というか、未来が感じられない

木に竹を継ぐことはできず、過去の結末が現在ではあるのだけれど、未来への道筋が「昔の思い出アルバム」だけにあるわけじゃないと思うよ

どうも意図的に、「昔の思い出アルバム」を引っ張り出さなくても、人はほっといても良きものを選択しますよ
「昔の思い出アルバム」という過去の前例が必要、なんて、お役所的だね   

衣食足りれば礼節に関心が向かうし、貧すれば鈍するのではないですか

ほっといても、経済が順調なら、人間的価値が動物的生存から解放されるということでしょう

貧しくても、美しく生きる、生き生きと楽しく生きる、というのはあると思うが、人間の歴史は、安きにながれ、快適さを求め、安逸を貪ってきたんですよ
安逸のための代償もあるんだが、どう考えても、代償は少ないほうがいいに決まってる


そこらへんが、自律的に文明を導くんじゃないかというのが、僕の感想


これですね、僕は、「徳川家の終焉」を皆さんより強く感じるから、そう思うんでしょうね

「徳川家の終焉」は、「過去の美徳の終わり」でもあり、「泣き言抜きの変革」でもあるんですよ
よく見ると、徳川家の統治には、ありとあらゆる良きものがあるんだけれど、唯一最大の欠陥は、永く続きすぎた、ということです
一口で言えば、徳川家無しでも世の中回るようになっていたんです

江戸文化は、おそらくこれから日本が衰微していけば、いろんな再評価がされると思うけど(つまり、縮小均衡のモデルとして)、やっぱり「昔の思い出アルバム」なのよ

いくら「昔の思い出アルバム」の中に美徳が充満してても、さらなる快適さへの誘惑には勝てないんだと思うよ
誰でも、大名みたいな暮らしをしたいのよ

で、そんな即物的な、欲望に満ちた動機であっても、その先には、豊かさのもたらす憂鬱・倦怠や、思考にいそしむ暇が、与えられるわけ

激しく単純化して言い切ってしまえば
衣食足りて初めて、礼節やら思いやりも、具体化できるチャンスがくるんだよ

僕は、インドに何回か行って、限度を超えた貧しさも見てますから、やっぱり、衣食足りることが人間の基本だ、としか言えない

そのために、まともな社会や、努力、助け合い、安全保障、などがどうしても必要だという立場

お釈迦様は、托鉢して生きていけるほどの豊かな社会があって、慈悲を説いても受け入れられたんじゃないですか



日本会議に話を戻すけど、民族宗教としての神道が中心思想にあるんだよね

別に悪かないけど、キリスト教、仏教、イスラム、神道といったものを超えないと、平和の根拠はつくれないよ

古い話だけど、比叡山で第二回世界宗教者会議をやったとき(第一回はバチカン)、すべての宗教にとって最高の価値はなにか、という話になった

「平和」と「幸福」のどっちだ、ということになって

「平和」に決まりました

「幸福」は価値の尺度が自分にあるわけでしょ
「平和」は他者との関係です

「平和」の範囲内で「幸福」を追及しましょう、ということでしょうね


「平和」は特定の宗教だけの価値じゃなくて、関係性です
宗教的というより社会的なもんです  


日本会議は、国民運動を目指してるらしいけど、なるようにしかならんのちゃうかなぁ、と思いますね   



2008/11/14

季節はずれのボタン


ハイヌーン

 

やはり温暖化の影響でしょうね


今年はモミジの紅葉も、まだ始りません


昨日もテレビ局から取材の問い合わせがありましたが、紅葉の気配もないもんね



 


ところで一時給付金ですが


地方自治体で手間がかかるとか、煩雑とか、地方まる投げとか、効果が無いとか、いろいろ言うけど
「ばらまくのがめんどくせぇ」とかって、小役人のサボタージュじゃないの


手順が気に入らなくても、制度として決まったことなら粛々とするしかないのが公務員の「つらさ」かもしれんが、愚痴をゴタゴタ言うのは、後ろでゼネコンが公共事業ばらまきを画策してるんじゃないかと、思ったりしますね


2兆円といえば、単純に、1都道府県あたり400億円
こいつを、どうせばらまくんだったら、学校の耐震補強しろとか、地方交付税でふるさと創生もいちどやれとか、思惑炸裂しますわな


発想の始まりは、景気刺激策だろうと思うけど、麻生総理のリーダーシップ顕示、あるいは選挙の人気取りと、勘ぐったらきりはないです
麻生総理は表立っていろいろ発言したから、攻撃目標に設定されたんじゃないですか
レベルの低い話だ


まあ、麻生総理もこの程度のことをキチッと仕切れないようじゃ困るね



ノーテンキに言わせてもらえば、、ぜいたく品を買えとか、はでに使い切れとか、マスコミが調子に乗ってキャンペーンでもすれば、ばらまきも効果がでてくるんじゃないの


 


問題の本質は、日本は資源のない島国だから必然的に貿易立国を目指さざるを得ず、急激に円高になれば、輸出が全滅状態なって、その上さらに、安い輸入品が国内の価格破壊をするってことでしょう
また、貿易に依存していれば、世界景気の悪化の影響をもろに受ける
ドルは世界貿易の決済通貨ですから、今回のように親ガメのアメリカがこければ、子ガメの日本は、いくら真面目に働いても、こけるしかない

だから、貿易に頼らずに食っていけるよう内需拡大しなきゃならんわけで、これは竹下総理の「ふるさと創生」のころから言い古した課題なんですよ


結局それがうまくいってない


一口に構造改革と言うけれど、お役所仕事は簡単じゃない
今回の一時給付金でも、「ばらまくのがめんどくせぇ」というリアクションが世の中まかり通るのよ


少子高齢化も大問題で
人口が減れば、内需衰滅ですからね
背に腹は代えられないから、いっそ人間も輸入しようとか(移民奨励)言い出す奴もでてくる
外国人参政権もここらへんに繋がってくる問題で、思いつきで対応してたら大変なことになるよ


 


時事問題を書いてたら、いくらでもネタがあるので助かりますが(汗)
この辺で、僕の仕事の範囲の話をすれば


日本人は、もっと意識してポジティブに物事を考えるようにしなければならんのじゃないか、ということ


値段が高くても、いいもの(安全・安心とか)であれば、どんどん買うとか
子供を育てやすい環境に投資するとか
自分の暮らす街をもっと美しくするとか(環境への投資)


肥満体になるような使い方じゃなく、質を高める使い方、でしょうかね


それには、ポジティブでインテリジェントなメンタリティーが
カタカナばかりだな(汗)
明るく賢い、生活態度と考え方が、どうしても必要ということです


寒風の中で、めげずに咲く、ボタンみたいじゃないですか

 

忘れてる人が多いので、言わせてもらうけど
ほんの60年前には、原爆二つ落とされて、日本中まる焼けだったのよ
戦死・戦災死者は300万人
 
今、ちょこっと小金持ちになったり、2世3世のボンボンです、などと、ふんぞり返っても、またまる焼けにならない保障など、自分で作り出すしかないんだよ
 
自分の頭で考えもせず、為政者のこきおろしなどしてる神経が理解できない
そんなことしてる場合じゃないだろ
ヒステリーに執着するのは、生きてる人間も、くだらねぇ霊もいっしょですね
 
格差社会など、歴史が始まってから、ずっとそうだったんだよ
 
賢者と愚者、インテリジェンスとシーラカンス、この差がどんどこ開いてきたのが、生命の歴史です
 
出来るか、出来ないか、ではなく、賢明な選択を、とにかく選ぼうとするしかないんだと思いますよ


ラベル:

2008/11/13

インド仏教聖地 地図


クシナガラ周辺の拡大図は航空写真では見ることができないようです

大きく拡大すると、ブッダガヤとかサールナートなどの大塔の様子や、霊鷲山の香室(釈尊の居室)などが見れて、なつかしいです

便利な世の中ですね



2008/11/12

金融危機

このところの金融危機について

結論から先に言うと、ますますマーケットでお金を運用する必要性と重要性が高まると考えてます

 
サブプライムローン問題を平たく言えば、3000万円の家を買うのに、頭金の300万円だけしか用意してなくて、返せなくなり、2700万円が焦げ付いている状態

この2700万円の借金が、世界にばらまかれているのだが、返さないから公的資金で穴埋めしようと言うのなら、2700万円分のお札を新たに印刷しなきゃならない

もともとは300万円しかお金がなくて、2700万円は未来に生じるはずだった金であり、それが生み出されなかったのだから、2700万円分のお札は、新たに印刷しなければ穴埋めできない

しかも、「高度な金融工学」のおかげで、借金を借金で返す仕掛けが繰り返されているから、サラ金地獄のように、穴埋めするのに必要なお金は、どんどん膨らむ

2700万円を返すのに、また2700万円を借り、それを返すのにまた2700万円を借りれば、×3で、焦げ付いてしまえば穴埋めには2700万円プラス3倍の利息分のお札を印刷しなければならなくなる

これは、アメリカでもEUでも中国でも事情は同じで、財政出動は極めて規模の大きなものになるから、世界中でお金が印刷されまくることになる

つまり、世界中で札束が無茶苦茶に増える

その行き場は、マーケットしかない、ということ


 
リーマンに始まり、アメリカのヘッジファンドは全滅したのだけれど、皮肉なことに、リスクマネーの運用はますます重要にならざるを得ない

その時に考えられるのは、円高、Bricsの台頭、株式市場の復活、でしょうかね

円高は、もうドルはジャブジャブに余ってくるんで、変動水準を変えるくらいのレベルになるだろう
ユーロはどこまでいくかわからんけど、傾向は同じこと

Bricsの台頭は、IMF次第だが、どうも、そこしか有り余るお金の受け皿がないように思う
G20など、案外重大だと思うよ

ハイパーインフレというシナリオもあるけど、なんかその程度で吸収できる規模なんでしょうかね

株価は危機終息の気配があれば、なにかのきっかけで爆発的に上昇するんじゃないかと(無責任な放言ですよ)考えてる
とにかく、お札が有り余ってくるんだから

 

日本は、内需拡大のイメージが湧かないので、円高不況、インフレ、株式市場の乱痴気騒ぎ、のトリプルパンチかもなぁ

地に足のついた内需拡大の、なにか名案ないですか
強烈な人口増加策と、安全・安心にたいする投資拡大かなぁ

そうでないと、「またバブルかよ」になるよ


 
アメリカのヘッジファンドを買収する日本の金融機関があるが、次の一手を示唆してるんじゃないですか
リスクマネーの運用から逃げんるんじゃなくて、参入するという方向性

市場主義経済にたいする政府の規制強化など、今すぐ思いつくことではあるけれど、
縛り付けることは逆効果で、マーケットの生命力を上手にコントロールする必要があるということだと思うよ

益々ありあまるお金を、どうにかしなければならないんだから

 
 
日本の住宅の流動性の確保のためには300万戸くらいの空き家が必要だといわれてるけど、実際は、今700万戸くらい余ってる
入居者が見つかる可能性は、楽観的に言って、いままでの2分の1です

うちの近所も、田舎のせいもあるけど、空き家が目立つし、2軒3軒と家を持っている人も珍しくない


もう馬鹿の一つ覚えみたいな投資は、役に立たないんだよ

でも、マーケットに参加しなかったら、きついインフレでお金の価値はどんどん減る


それが金融危機騒動の先の世界だろうなぁ


僕の仕事の分野の話をすれば
豊かさの中での幸せを追及する必要がある、ってことなんですよ
 
 
富の偏在、高額詐欺、物質的な繁栄の中での孤独、各種経済事件、そういった問題がありふれたことになると思うよ
 
お金を管理する能力が厳しく問われる時代が、もうそこまで来てるってことです
 
 
最近よく貧乏生活とか生活保護とか低賃金とか話題になるし、家計のやりくりが大変だという話もよく聞く
でもこれ、日本に限って言えば、ブランド物を買いあさり、一泊何万円もするホテルに平気で泊まり、高級車を乗り回すようなリッチな生活が、当たり前にある社会で起きてることです
世界レベルで見ても、富める国があり、貧困にあえぐ国もある
 
富の分配と言えば古いお題だし、富の偏在、南北問題と、いろいろとらえ方はあるが、いずれにしろ、お札が有り余っている社会で起きていることなんです
お札はこれから益々だぶついてきます
 
じゃあ貧しい人にわけてやれ、公平に分配しろ、と簡単に言うけれど、歴史は、それが簡単でないことを教えている
 
つまり、豊かさの中で幸せを追及するのも、実は大変に難しい課題だということではないですか



2008/11/11

机の上の本


時事問題や風俗についても、いろいろ書いてみようかと思っているんだけれど

僕の仕事の範囲じゃないように思うかもしれないけれど、天台は大乗仏教の根源ですから、社会情勢からは乖離しないんです

お空の上のことだけじゃなく、足元もしっかり踏みしめよう、ということ

Blogのネタがなくなってきたのもあるが(汗)

 
僕は一冊の本を連続して読み続けるということはしなくて、何冊か机の上や家のあちこちに置いておいて、ちょっとづつ色々な本を読む、ということをしてます
読み続けると、疲れるし、飽きてくる
で、何冊も同時に読む

最近は市や県の図書館から借りたりもするけど、本もよく買いますね
Amazonは買う本が決まっていれば便利

今、机の上にあるのは、量子論の本ばかりだなぁ

シュレディンガー、ペンローズ、佐藤文隆といったところ

チンプンカンプンでも、何冊も読んでいると、おぼろげながら、わかってくるような気がしてくる
まあ、小説を読むようなもんで、「わかる」必要もないけど

どうでもいいや、ってことだと、生きることが終ってしまうからね



ラベル:

2008/11/10

歴史観

ツワブキ


前空幕長の論文が問題になっているけど

自衛隊という組織の仕組みを考えれば、軽率な行為で、更迭は当然、というのが僕の考え方

歴史観を持ってもいいが、立場を考えろ、ということ
現役は、軍事力を直接操作してるんだから、自分勝手な意見は制約されるんだよ

 

そういえば、自衛隊は入隊の時、宗教についての質問はしないらしいよ
信教の自由があるからね

ただ、歴史教育はしてる

まあ、これからは、かなり神経質になるだろうとは思うけど
アルカイダだったりしたら困るから、宗教も、調査対象になるだろうなぁ

で、論文の内容ですけれど

こちら

全体の印象は、「負け惜しみ」かなぁ

 

大東亜共栄圏を軍事力で構築するのには失敗したわけです

兵站(つまり補給)の問題が大きかったと思うけど、日本は島国なんだから、どう頑張っても補給はネックなんだよ
好むと好まざるとにかかわらず、貿易立国の平和国家を追及するしかないんじゃないか

空幕長は、兵站は陸上よりは無関心だろうなぁ
航空自衛隊は伝統的に支離滅裂な人が多いそうだが、このあたりの話でしょうね

 
それと、アジア各国には大東亜共栄圏のいい置き土産がある、などとは、独りよがりで、そんなに結構なものなら、どこの国でも大日本帝国に味方したんじゃないかい
力ずくを前提にした共栄など、身勝手なんだよ

戦争の理由に、コミンテルンの影響ないしは陰謀があると言ってるけど、それが全てということだと、単純化しすぎだと思うよ
幕僚長の発言ということだと、組織の長の公式見解だもんな、妄想のレベルと言っていい
学門的な検証を続けるべき話題であって、決め付けるようなことじゃないでしょう

陰謀など、どこの国でもやってるんだよ
CIAでも大日本帝国中野学校でも
今でも、どこの国でも情報活動はあたりまえでしょう

理由をいろいろ議論したところで、実際には、領土や資源にたいするむき出しの欲望を実現するため、軍事力の行使をしたわけで、当時としては常識的なことだし、今でも、世界の軍隊の常識でしょう
それを、侵略と言うのではないですか


軍事の世界では、クラウゼヴィッツの「戦争論」が基本常識なんだけれど

「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」、という定義は恐ろしい一面があって、政策手段としての軍事力、政策目的を達成すための暴力的手法、と言い換えることもできてしまう

ここらへんが、軍国主義の理論的根拠でしょうな

あるいは、テロも説明つくよ


 

今の自衛隊は「専守防衛」が国是になっているんだが、現場じゃフラストレーションがあるのは事実

あまりに強大な力があるので(自衛隊にですよ、知らん人が多いんだが)持て余しつつあるんです

しかしながら
どっちみち資源の無い国では、継戦能力には限界があるし、島にミサイルを降らされたら逃げ場は無い

専守防衛を基軸にした平和国家をなにがなんでも達成するしか選択肢はないんだよ

その上で、専守防衛の範囲について、シビリアンコントロールをすればいい

僕は今、地元の防衛協会の役付きですから、いろんな人と議論したいとは思うけど、基本はそういう思いです

ついでに言えば、憲法第9条第2項を改正して戦力の保持を認めるべきという立場
核武装は時と場合による、と言っておきます(核アレルギーなどと言っていられなくなるような時が来ないことを祈ります)

どっちみち戦争放棄など、諸外国は信用してないんだから、スッキリさせ、自衛隊に誇りと自信を持たせなければなりません

それが日本の誇りと自信にもなると思いますよ




小室哲哉さんの詐欺

マリーゴールド



詐欺容疑は、確実だろう

小室さんは、ファンや自分の音楽を裏切ることをしてしまった 

それにしても、小室さんほどの才能ある人を、金銭のことで潰してしまった日本の音楽業界も貧弱だと思う

小室さんは、音楽で大金持ちになったのだが、たとえば、アメリカやイギリスの大成功したミュージシャンなり芸能人なりがここまで脱線するだろうか
マネジメントがしっかりしていれば、スムーズに音楽活動ができただろうに

音楽業界の大スターなんだから、もっとまともなマネジメントがなければいけなかった
著作権がどこでどうなっているか、スッキリわかる仕組みがあれば、彼の犯罪はなかったと思いたい 

僕はシンセサイザーの矢吹紫帆さんに、演奏してもらったことがある

その時聞いた話だが、ある新興宗教の団体のお抱えの音楽家にならないかと誘われたらしい
「お金にはなるかもしれないが、インスピレーションが枯れてしまう」と思って断ったと言っていた

音楽なんだから、音で楽しむ、音で楽しませる

そういう気持ちがなければ、作曲や演奏はできなくなるのだろうと思う

小室さんは香港で事業に失敗したらしいが、年間3億の著作権料がはいってくるのだから、やりくりの能力があれば、立て直せたと思う
気持ちが真っ暗になってしまったのだろう

10億以上もこじれると、自殺してもおかしくない
そういう人をいくらも見てきた

この詐欺は、一種の自殺ともいえる 

ちょっと話は飛ぶけど、スピリチュアルの世界で、身体感覚や霊感だけで世渡りしてる方は、感覚だけでなく、管理能力や冷静に自分を知る分別も必要だということなんだよね

感覚と理性ですかね

バランスが難しいよ



量子進化

今読んでいる本

量子進化 Amazon

心身問題人間原理と並ぶ知の最前線ですね


まあ、どうも学問という形にこだわると、唯脳論でなければ取り合ってくれないようなことになって、そんな空気そのものがダサイね
唯識論と量子論がくっついているというイメージが抱ければ、いろいろとスッキリするのだが
ここんとこが、未来に続いてる道なんだと思うよ

Quantum Sense

量子論は観察や実験で検証可能で、たとえばトンネル効果は身近なフラッシュメモリなどに応用もされてる

で、唯識論は、なんでしょうねぇ・・

坐禅か、密教の作法か、な、となると、加持祈祷か

加持祈祷とフラッシュメモリや走査顕微鏡はつながらないねぇ

ま、未来の研究待ちか




ラベル:

2008/11/07

御霊屋展示替え

御霊屋(おたまや)の展示ケースの内容を展示替えしました

今回は、江戸時代の柄香呂と香合、平安後期の不断念仏式です

香合には、今長保寺のロゴマークで使っている家紋の原本が描かれたものもあります
紀伊徳川家が御三家筆頭であることを表すため、三葉葵の家紋の一枚だけを色違いで描いています
おそらく、吉宗が将軍になった時に新調されたものでしょう

 
不断念仏式についてはこちら

不断念仏式(ふだんねんぶつしき) 一巻紙本墨書 縦27.4 横195.8 平安後期(12世紀)

長保寺における不断念仏の式次第を記したものである。
不断念仏とは慈覚大師が五台山から比叡山にもたらしたもので、一定の期間中、僧侶が絶えることなく、阿弥陀仏を念ずる修法である。
敬白文によると、長保寺においては大治3年(1128)に不断念仏が始まり延慶2年(1309)まで毎年10月に行われていたことが判明する。また、それ以降もこの修法を再整備して継続していくことが述べられている。なお、法然上人の生年は1133年、親鸞聖人の生年は1173年であるから、長保寺の念仏法要の歴史は古い。
巻末の部分には長保寺においてこの不断念仏が大治3年に10月1日一夜の形で始まり、保元3年(1158)には10月16日からの七日七夜に改められ、さらに正応2年(1289)には10月11日からの七日七夜、五昼夜に改められたことが記されている。


 
ご覧いただくには、境内案内のご予約が必要です
こちら




ラベル:

2008/11/04

ダチュラ・バレリーナパープル



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